ここでは、1884年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンを本拠地として、ユニオン・アソシエーションに加盟していたボストン・レッズBoston Reds)について記述する。

球団史

1884年のユニオン・アソシエーション設立の際チームが結成された。ボストンは当時ビーンイーターズ(現アトランタ・ブレーブス)が強さと人気を誇っていて、レッズへの関心は薄かったようである。最初はジェームス・バークとトミー・ボンドの二人の投手で廻していたが、シーズン中盤に勝ち星が延びなくなると、ボンドに換えてナショナルリーグで投げていたデューピー・ショーを補強した。ショーは7月19日のセントルイス・マルーンズとの試合で、1試合18奪三振を記録するなどの活躍をし、ボストンでは防御率1.77の記録を残している。打の中心は外野手のエド・クレーンで、彼はこの年リーグ2位の12本の本塁打と.285の打率を残したが、チーム全体の打率は.236と攻撃力があるチームとはいえなかったようである。

また同年ボストンからデビューしたトミー・マッカーシーは、この年投手として0勝7敗、打率.215と目だった活躍はできなかったが、数年後セントルイス・ブラウンズ(現カージナルス)でその才能を開花させた。彼はユニオン・アソシエーションでプレーした選手としては、唯一のアメリカ野球殿堂入り選手となっている。

チームは1シーズンをフルに戦い58勝51敗の成績に終わった。参加していたユニオン・アソシエーション自体は1年で消滅したが、チームは12月に開かれたリーグのミーティングに参加しなかったために、リーグから『除名』されたという扱いになっている。

戦績

※順位は勝率による。

所属した主な選手

  • トミー・マッカーシー:外野手。ボストンでデビューし、後にアメリカ野球殿堂入り。
  • エド・クレーン:1884年の本塁打12はリーグ2位。
  • デューピー・ショー:デトロイト・ウルバリンズから移籍、309奪三振はリーグ3位。

主な球団記録

  • 通算安打数:122(エド・クレーン)
  • 通算本塁打:12(エド・クレーン)
  • 通算勝利数:21(デューピー・ショー)
  • 通算奪三振:309(デューピー・ショー)

出典・外部リンク

  • チーム戦績 (Baseball Reference)
  • Franchises (Retrosheet)
  • Franchise Info(www.kypris.com)
  • Super70s.com

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